東大総長選で意向投票1位は選ばれず――藤垣裕子氏の選出が問う「投票の意味」
染谷隆夫氏が過半数の1,107票。選考会議の判断と大学の説明責任を考える
東大の次期総長予定者に藤垣裕子氏が選ばれた。一方、教職員の意向投票では染谷隆夫氏が過半数を獲得した。投票と最終選考の違いから、大学運営の正当性を問う。
2026年10月1日時点の公表資料に基づく。
教職員が投票した結果と、選考会議の結論が違った。では、あの投票は何を決めるためにあったのだろう。
何が起きたのか
東京大学は2026年9月28日、藤垣裕子教授を次期総長予定者に選んだ。文部科学大臣による任命を経て、2027年4月から2033年3月まで第32代総長を務める予定だ。就任すれば東大初の女性総長となる。藤垣氏は科学技術社会論・科学計量学を専門とし、理事・副学長として学生支援や研究倫理などを担当した経験がある。[東京大学の発表](https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/z1304_00196.html)
ところが、同日に行われた投票資格を持つ教職員による意向投票では、別の結果が出ていた。上位3人を対象にした2回目の投票で、染谷隆夫氏が1,107票(投票総数2,169票の約51.0%)、藤垣氏が553票(約25.5%)、山本隆司氏が451票(約20.8%)。白票は58票だった。選考・監察会議は、この結果を含む資料や面接などを審議し、藤垣氏を選んだ。[東京大学の選考結果・理由・過程](https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400297158.pdf)
| 2回目の意向投票 | 得票 | 投票総数に対する割合 |
|---|---|---|
| 染谷隆夫氏 | 1,107 | 約51.0% |
| 藤垣裕子氏 | 553 | 約25.5% |
| 山本隆司氏 | 451 | 約20.8% |
| 白票 | 58 | 約2.7% |
この数字だけを見ると、「1位の人が総長になる選挙」と考えたくなる。しかし、東大の制度上、意向投票は総長を直接決める投票ではない。最終決定を担うのは、学外委員8人と学内委員8人で構成される総長選考・監察会議だ。内規は、候補者資料、推薦書、面接調査、所信表明と意向投票を総合的に考慮すると定めている。したがって、得票1位と異なる人を選ぶこと自体を、直ちに規則違反とはいえない。また、この意向投票の資格は教授・准教授や一部の管理職員などに限られ、学生にはない。[選考プロセス](https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400297119.pdf)[総長選考・監察会議内規](https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400297123.pdf)[投票資格の細則](https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400297124.pdf)
「参考資料」なら、なぜ投票するのか
制度を知っても疑問は消えない。教職員が時間を割いて意思を示し、しかも1位の候補が過半数の票を得た。その結果を採らないなら、選考会議は意向をどう受け止め、何をより重く評価したのかを説明する必要がある。
選考会議は、藤垣氏の文理融合の経験、学内外のコミュニケーション、学術への信頼を高める能力などを選出理由に挙げた。また、事前に示した「求められる総長像」には、組織構成員の幅広い支持を受け、合意形成に配慮することも含まれている。公表された説明からは藤垣氏を評価した観点が分かる。一方、意向投票で大差をつけた染谷氏との比較で、どの基準が決め手になったのかまでは読み取りにくい。これは公表資料に基づく本記事の評価であり、非公開の審議内容を知っているという意味ではない。[選考理由](https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400297158.pdf)[求められる総長像](https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400297159.pdf)
記者会見で国谷裕子議長は、批判は予想するが大きな問題は生じないだろうとの見方を示し、意向投票は選考材料の一つだと説明した。藤垣氏は、学内でメッセージが十分に届いていない人々とも対話を重ねたいとの考えを示している。[東大新聞の会見報道](https://www.todaishimbun.org/fujigakikaiken_20260929/)
多数決と専門的判断のあいだ
大学のトップには、財務、研究環境、学生支援、学問の自由を守る判断が求められる。投票だけで資質を測り切れないという設計には理由がある。他方、専門的な審議を行う会議にも、現場の支持を軽く扱えば決定を実行する際の信頼を損なうという問題がある。
ここで手がかりになるのが、哲学者ユルゲン・ハーバーマスの「討議」を重視する考え方だ。彼の政治哲学は国家の法や民主主義を論じるもので、大学の総長選考にそのまま当てはまるわけではない。それでも、決定に関わる人々が理由を示し、異論を聞き、判断を説明できる過程が正当性を支える、という視点は有効だ。投票結果の公表は、その対話の始まりである。[ハーバーマス『事実性と妥当性』所収の議論](https://www.la.utexas.edu/users/chenry/civil/resources/Habermas/HabermasCivsoc.htm)
藤垣氏が東大初の女性総長となることは、歴史的な出来事だ。国谷議長は、選考会議で性別は議論の対象ではなかったと述べている。女性の登用という意義と、選考過程への問いは、同時に語ることができる。[東大新聞の会見報道](https://www.todaishimbun.org/fujigakikaiken_20260929/)
東大が次に示すべきこと
今回の選考をめぐって知りたいのは、非公開の面接内容のすべてではない。意向投票をどの程度の重みで扱ったのか。事前の基準に照らして、1位との得票差を上回ると判断した理由は何か。そして、藤垣氏が掲げる学内との対話を、学生や投票資格を持たない教職員も参加できる具体的な仕組みにどうつなげるのか。
「投票しても結論は変わらない」と受け止められれば、次に意見を募るとき、その言葉は届きにくくなる。今回の結果を支持する人にも疑問を持つ人にも、判断の理由を検討できるだけの説明が要る。東大の総長選考が問われているのは、誰が選ばれたかに加え、大学が構成員の声をどのように権限ある判断へ結びつけるかである。
読者への問い: 専門的な選考会議は、投票総数の過半数を得た候補とは別の人物を選べる。そのとき、どのような説明があれば、あなたはその決定を受け入れられるだろうか。